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サンドウィッチマン結成のきっかけは?売れた理由は”正反対の性格”にあった??

2018/11/13

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今や毎日のようにテレビに出て視聴者に笑いを届けているお笑いコンビ「サンドウィッチマン」のおふたり。

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引用元:https://grapecom.jp/talents/sandwichman

見た目はかなりコワモテですが、ふたりとも笑顔が素敵で老若男女から大きな人気があります。今回はそんなサンドウィッチマンさんを調べてみました!

サンドウィッチマンの所属事務所は?

サンドウィッチマンは伊達みきおさんと富澤たけしさんのコンビです。所属事務所はグレープカンパニーという芸能事務所で、当時フラットファイブという事務所に所属していたサンドウィッチマンと担当マネージャーが立ち上げた独立事務所です。

今ではサンドウィッチマンをはじめ芸人35組、構成作家6人、マジシャン1人、シンガーソングライター1人が所属という大所帯となっています。

 

性格が真反対のふたり?

先月、とあるサンドイッチマンを密着していた番組内で、収録前の控室にいるふたりを取材するシーンでの一コマ・・・

伊達さんは控室の真ん中のテーブルで身の回りをキレイに整理整頓して、取材を待っている感じで座っていましたが、富澤さんは他の芸人仲間とメイク用のテーブル一番隅っこの席でゲームをしています。

それぞれの荷物の中身もチェックされていましたが、伊達さんはスーツが綺麗に折りたたんで収納できるバッグに小物なども綺麗に整頓されていました。富澤さんは男っぽいちょっと無造作に詰め込まれた感じ。やはりここも正反対でした!

まとめると、伊達さんは社交的で愛想が良く、時間にも余裕を持っていて周りが整理整頓されていないと気が済まない、というとっても几帳面な性格。A型っぽいなーと思って調べたら本当にそうでした。

富澤さんは自身でも発言していましたが 「取材が苦手」(社交的ではない)で、取材が来ても端っこで身をひそめるように(笑)ゲームをしているマイペースな性格。

かと言って無愛想なわけではないんです。いわゆるちょっとシャイな性格なようですが、受け答えする時の照れ笑いが可愛いかったです(笑)。ちなみにAB型らしいです。なんか納得!!そんな富澤さんですがネタは全て自分で書いているというので、本当に感心です!!

それにしてもふたりの笑顔と受け答えは本当に優しいです。第一印象が不良っぽい感じなだけに、このギャップになんだかほっこりしてしまいます。性格がかなり違っている分、足りないものを補い合っている感じがしていいですね♪コンビが長く続く秘訣かもしれません。

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伊達を口説くまで3年!

サンドウィッチマンのふたりは仙台商業高等学校の同級生として、ラグビー部で知り合っています。がっしりした体型はラクビー育ちだからなんですね。

お笑い芸人の道へ進むきっかけは富澤さんのほうでした。

吉本興業仙台事務所への所属を目標に定めた富澤さんは、高校の同級生だった伊達さんを誘うも将来はサラリーマンになりたいという気持ちが強かったために断られ、小学生・中学生時代からの友人だった別の相方とコンビを結成。しかし、やはりうまくいかず「やはり伊達じゃないとダメだ」と、すでに福祉関係の仕事に就いていた伊達さんを、なんと3年間にわたり口説き続けたのです。

富澤さんのラブコールに折れた伊達さんは会社を辞める決意をし、19989月ついにコンビ結成します。その時はサンドウィッチマンではなくお互いの境遇を表した「親不孝」というコンビ名でした。両方の親にかなり心配をかけていることからそのままつけたようですが、なんとも幸の薄いネーミング・・・変えて正解でしたね(笑)。

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2005年は「勝負の年」

その後、2002年に「サンドウィッチマン」に名前を変えますが、この時はもうひとり幻の3人目のサンドウィッチマンがメンバーにいたというのです。

3人目のメンバーは1年ほどで脱退してしまいますが、元のコンビ名には戻さず現在に至たっています。

デビューから7年の2005年。まったく芽の出なない日々を送っていたサンドウィッチマンですが、富澤さんは2005年を「勝負の年」と決め、東京都内のお笑いライブに出まくります。噂によると200本近くのライブに出演したそうです。

今年の24時間テレビ内では、結成時の秘話が詳しく紹介され感動した方も少なくないはず。下記の記事も是非ご覧ください。

そして同年『エンタの神様』に出演し今のブレイクに繋がるキッカケを得ます。

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遂に転機が!

一般へ名前が売れたサンドウィッチマンですが2年後の2007年に大きな転機が訪れます。20071223日、M-1グランプリ2007において、大会初、敗者復活枠からの優勝を果たしたのです。以来、サンドウィッチマンは一躍、お笑い界の実力派若手として人気者となり、今のバラエティ番組にはなくてはならないコンビとなっています。

 

富澤さんが伊達さんを、3年間、根気よく口説かなかったら、2005年を「勝負の年」と決めていなければ今のサンドウィッチマンの現状はなかったわけで、まさに富澤さんのナイスプレーといえるでしょう!

これからもどんどん活躍の場を広げていって欲しいですね!!

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